御書講義「波木井三郎殿御返事」

日蓮大聖人御書全集1373㌻「波木井三郎殿御返事」

御書「波木井三郎殿御返事」 法華経に云く「過去に十万億の仏を供養せん人・人間に生れて此の法華を信ぜん」又涅槃経に云く「熈連一恒供養の人此の悪世に生れて此の経を信ぜん」等云云 取意、阿闍世王は父を殺害し母を禁固せし悪人なり、然りと雖も涅槃経の座に来つて法華経を聴聞せしかば現世の悪瘡を治するのみに非ず四十年の寿命を延引したまい結句は無根初住の仏記を得たり、
提婆達多は閻浮第一の一闡提の人・一代聖教に捨て置かれしかども此の経に値い奉りて天王如来の記ベツを授与せらる彼を以て之を推するに末代の悪人等の成仏・不成仏は罪の軽重に依らず但此経の信不信に任す可きのみ
而るに貴辺は武士の家の仁昼夜殺生の悪人なり、家を捨てずして此所に至つて何なる術を以てか三悪道を脱る可きか、能く能く思案有る可きか、法華経の心は当位即妙・不改本位と申して罪業を捨てずして仏道を成ずるなり、 天台の云く「他経は但善に記して悪に記せず今経は皆記す」等云云、妙楽の云く「唯円教の意は逆即是順なり自余の三教は逆順定まるが故に」等云云、爾前分分の得道有無の事之を記す可しと雖も名目を知る人に之を申すなり、 然りと雖も大体之を教る弟子之れ有り此の輩等を召して粗之を聞くべし、其の時之を記し申す可し、恐恐謹言。

波木井三郎殿御返事 御書全集1373㌻

御書現代語訳通解

過去に大罪の人も等しく成仏できる 法華経の随喜功徳品第十八に「過去に十万億の仏を供養した人は、人間に生まれてこの法華経を信ずるであろう」とある。また涅槃経にいわく「過去に熈連河という恒河の砂ほどの無数の仏を供養した人は、仏滅後の悪世に生まれて、この法華経を信ずるであろう」と。 阿闍世王は父を殺し、母を幽閉した悪人である。しかしながら釈迦の涅槃経の会座に来て、法華経を聞いたので、五逆罪を犯した罪で現世に生じていた悪瘡を治すことができたばかりでなく、四十年も寿命を延ばすことができた。そして最後には無根初住の位に入り成仏の記別を得たのである。

末法時代の成仏の肝要 提婆達多は閻浮第一の謗法・一闡提といわれる悪人である。釈迦の一代聖教のなかにも、法華経以前の経教には捨て置かれたけれども、この法華経に値って天王如来の記別を授与されたのである。これらをもって推しはかってみると、 末法の悪人等の成仏、不成仏は、罪の軽い重いによるのではなく、ただ、この法華経への信心があるか、ないかによって決まるのである

当位即妙・不改本位 ところであなたは武士の家の人であり、昼夜にわたって殺生の世界に身をおく悪人である。家を捨てず、世間を離れないもま、現在に至っては、どのような方法をもって、未来に三悪道をまぬがれることができようか。よくよく思案されるべきである。 法華経の本意は「当位即妙・不改本位」といって、罪業を捨てずに、その身のまま成仏することができるのである。天台は文句の七に「法華経以外の他経は但善人にのみ成仏を許して、悪人に成仏を許していない。法華経は全ての人に平等に成仏を記している」といっている。 妙楽も文句記八に「ただ円教たる法華経の本意は、逆がそのまま順となるということである。それ以外の別教・通教・蔵教すなわち爾前経は逆は逆、順は順と定まってしまっている」といっている。 爾前経の分々の得道が有るか無いかということも、ここに記さなければならないが、この問題は仏教の名目をよく知っている人に申すことである。 しかしながら、このことについては、大体教えてある弟子がいる。この人々を呼んで、あらあらお聞きなさい。そのとき、またよく申しあげる。恐恐謹言。

ありのままの自分でよい

成仏不成仏は罪の軽重に依らず この仏法は、どんな大罪を犯した罪人でも救っていける。仏法を学び、日蓮大聖人が打ち立てた御本尊を一生涯信じ抜いて、日夜朝暮に御本尊に向い「南無妙法蓮華経」を唱え、下種(折伏行)を行う事により、どんな大罪の罪人でも成仏できると仰せです。

特別な存在ではない 人間が人間として、最高に人間らしく光り輝く為の仏法である。自分を離れた何か特別な存在になるのではない。

その身そのまま 法華経は「その身のまま」「ありのまま」で良いのである。「ありのままの自分」が、真剣に仏法を行じ抜いたときに、仏に等しい智慧と力が湧きあがるのである。

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