皆が尊極なる使命の人

日蓮大聖人御書「四信五品抄」御書全集342㌻

御書 四信五品抄 問う汝が弟子一分の解無くして但一口に南無妙法蓮華経と称する其の位如何、 答う此の人は但四味三教の極位並びに爾前の円人に超過するのみに非ず将た又真言等の諸宗の元祖畏厳恩蔵宣摩導等に勝出すること百千万億倍なり、 請う国中の諸人我が末弟等を軽ずる事勿れ進んで過去を尋ぬれば八十万億劫に供養せし大菩薩なり豈熈連一恒の者に非ずや退いて未来を論ずれば八十年の布施に超過して五十の功徳を備う可し天子の襁褓に纒れ大竜の始めて生ずるが如し蔑如すること勿れ蔑如すること勿れ、 妙楽の云く「若し悩乱する者は頭七分に破れ供養すること有る者は福十号に過ぐ」と、

日蓮大聖人御書「四信五品抄」御書全集342㌻

現代語訳通解

国中の人々よ、私の弟子を軽んじてはならない。

進んで過去を尋ねれば、八十万億劫の間、仏に供養した大菩薩である。これこそ熈連河や恒河など大河の砂ほど無数の仏に仕えた者にあたる。

退いて未来を論じれば、八十年間の布施行の功徳にも勝り、五十展転の功徳を備えるであろう。

これは、産着につつまれた天子、生まれたばかりの大竜と同じである。決して蔑んではならない。

池田名誉会長が指針を贈る

妙法を唱える人の位は尊極であり、絶対に蔑んではならない、とのご本仏の仰せである。

関西、山口をはじめ各地の友と配した共戦の御文である。この確信に燃えて、学会は偉大な弘通を成し遂げてきた。

我らの誉れを、どうか、尊き新入会の友、宝の未来部員にも伝えていただきたい。同志を最大に敬い、仲良く胸張り大行進を!

名字即

以下、管理人の雑感です。
この「四信五品抄」には重要な内容が沢山含まれているので、是非御書原文をご一読頂きたいと推薦します。
抜き書きで申し訳有りませんが、私の心に残った部分を書き記し自分なりの解釈を添えてみます。

問て云く、末代初心の行者何物をか制止するや。 答て曰く、檀戒等の五度を制止して、一向に南無妙法蓮華経と称せしむるを、一念信解初随喜の気分と為すなり。是れ則ち此の経の本意なり。

初信の功徳を明かす 末法に於いては権教(他宗)の戒律は成仏への意味を持たず、誰でも南無妙法蓮華経と唱えることにより成仏(一念信解初随喜の気分)できるので有る。これこそが妙法の本意である。

問ふ、汝何ぞ一念三千の観門を勧進せず、唯題目許りを唱へしむるや。 答て曰く、日本の二字に六十六国の人畜財を摂尽して一も残さず。月氏の両字に豈七十箇国無からんや。

何故題目ばかりを唱えるのか? 「日本」と言う二文字の中には、北海道から沖縄までの全ての人や家畜・財産などが一つも残らず全て含まれている。月氏(インド)という両字の中に七十カ国(七十の県や市などが)含まれる。同様に、南無妙法蓮華経の題目に一切の経文や功徳が含まれているのである。

問ふ、汝が弟子、一分の解無くして但一口に南無妙法蓮華経と称する其の位、如何。 答ふ、此の人は但四味三教の極位並に爾前の円人に超過するのみに非ず、将た又真言等の諸宗の元祖、畏・厳・恩・蔵・宣・摩・導等に勝出すること百千万億倍なり。

百千万億倍勝れた弟子 妙法を少しも理解していないあなたの弟子が、ただ南無妙法蓮華経と唱題するばかりの位はどうか? 私の弟子は、但四味三教の極位(最上位)並(ならび)に爾前(爾前経)の円人を超えるばかりでなく、真言等の諸宗の高僧と比べても勝出すること百千万億倍である。

妙楽の云く「若し悩乱する者は頭七分に破れ、供養すること有ん者は福十号に過ぐ」と。―中略―明心と円智とは現に白癩を得。道阿弥は無眼の者と成りぬ。国中の疫病は頭破七分なり。罰を以て徳を推するに、我が門人等は福過十号疑ひ無き者なり。

頭破七分(頭破作七分) 日蓮大聖人が顕されたご本尊様の相貌左右両上に書かれているので、唱題している際に気が付いた方も多いと思います。「若し悩乱する者は(もしのうらんするものは)」とは、日蓮大聖人が打ち立てた末法の御本尊「南無妙法蓮華経」を捨てたり誹謗中傷し信じる人を苦しめたりする輩を指し、 具体的事例の中で「頭七部に破れ(こうべしちぶにやぶれ)」とは、「若は実にもあれ若は不実にもあれ、此の人現世に白癩の病を得ん。乃至諸悪重病あるべし」。又云く「当に世世に眼無かるべし」等云云。」と仰せの如く、正法に違背すると重い病気にかかったり、再誕の都度視力を失うという現象が現れると仰せです。 本抄では具体的事例として明心と円智とは現に白癩を得。道阿弥は無眼の者と成りぬ。国中の疫病は頭破七分なり。と仏罰の現象を述べています。また種々御振舞御書では「頭破作七分と申すは或は心破作七分とも申して、頂(いただき)が皮の底にある骨のひゞた(狂)ぶるなり。死ぬる時はわるゝ事もあり(中略)これは法華経の行者をそし(謗)りしゆへにあたりし罰とはしら(知)ずや」 とも仰せに成って、妙法誹謗違背の罪の重さを説いています。

福過十号 「十号」とは、仏の十種の尊称のことです。三千大千世界に満つる七宝を仏に供養するよりも、法華経を受持する功徳のほうが大きいことが説かれているように、法華経を供養する功徳は十号を具(そな)えた仏を供養する福に勝るのである、と賛嘆しています。

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